さよならミニSL

 かつて、今の千頭駅の東側に「ミニSL列車」のホームがありました。
 ここでは、小型の蒸気機関車による遊覧列車がとなりの川根両国駅まで往復運転されていました。
 機関車に貨車改造のオープンカーや井川線用の客車数両を連結して千頭から川根両国までは推進運転、わずか5分ほどで川根両国に到着すると、今度は機関車を先頭に千頭に戻ってくる本当のミニ運転でしたが、観光客には大変人気がありました。
 このミニ運転は大井川本線でC11による運転が始まる昭和51年からさかのぼること6年、昭和45年から行われており、使用された機関車は2109(B6)、クラウス17、クラウス15、C12164、コッペル1275、そしていずも1号と移り変わっていきました。この千頭〜川根両国間でのミニ運転が、C11227による本線運転のノウハウ蓄積に役立ったわけで、まさに現在の「蒸機王国:大井川鐵道」の礎を築くもとになったのです。

 本線の蒸機運転が始まってからは、C11に引かれた101レが到着すると、しばらくしてミニSLが出発したものです。101レに乗ってきた観光客の半数近くがミニSLに乗り移ることもあり、101レ直後に出発するミニSLはいつも満員でした。そのあと夕方まで1日4往復。2本は乗り、2本は撮影し・・・そんな楽しみ方ができる列車でした。
 しかし、ファンからも観光客からも愛されたこの「ミニSL」も最後の日を迎えることになりました。千頭駅前の道路拡幅工事によって、ミニSL路線の路盤を撤去することになったのです。
 平成元年11月26日。コッペル1275といずも1号のプッシュプルによる「さよなら列車」が走りました。この日、千頭を訪れた鉄道ファンは少なく、ちょっと寂しいお別れの日でした。

千頭駅で最後の日を憩ういずも1号とコッペル1275。
走行こそなかったものの、構内で重連姿を演出。

川根両国へ向かうさよなら記念列車。両国側はいずも1号。千頭側が1275。
この沿線というのは、意外に撮影するのが難しい場所でした。線路の東側はしばらくの間堤防にそっています。背後の道路橋は川根大橋です。
この11月25日、26日の最後の運転日は2日間とも抜けるような青空、すばらしい天気でした。
このミニSL路線の千頭から約100メートルは線路が撤去されていますが、その路盤跡は今も残っています。私が定宿にしている旅館の2階の窓から見ると、地元の方々の物干し場となって残っています。

11月も末。例年なら紅葉の真っ盛りの時期ですが、この年は紅葉はいまひとつ。ミニSLの最後の花道に燃えるような紅葉を期待していたのですが・・・。初冬にしては気温も高かったですね。
これは千頭に向かう列車。コッペル1275が先頭です。
このあたりの線路は今も変わっていません。
今はDBの引く「かわかぜ号」が元気に走っています。

千頭駅で行われたさよなら式典。機関士さんに花束贈呈が行われました。

転車台で転向するいずも1号。有火で転車台に乗るのもこの日が最後。

千頭に向かう最後の列車。川根大橋の上から撮影しました。
1275もいずも1号も、その後、千頭駅でのイベントなどで何度か火が入りましたが、残念ながら走行シーンを披露することはありませんでした。今は新金谷駅前の「プラザロコ」内で美しい姿で保存されています。ときどき子供たちが運転台に乗って汽笛を鳴らしていますね。

11月末のオフシーズンということもあって、観光客もまばらでしたが、2台の機関車は最後まで観光客の記念写真のモデル役を務めていました。
もうあれから12年の月日がたち、この「リバーサイドSL」の記憶は大井川の蒸機愛好者の中からも薄れつつあります。しかし、現在の大井川の蒸機運転の隆盛の礎を築いたのはまぎれもなくこの「ミニSL」でした。新金谷を訪れてこの2台の機関車にあったら、どうかそのことを思い出してあげてください。
Petit絵日記バックナンバー 北海道1977〜1980.
煙の絵日記過去ログ集 無煙のページ.
煙の想い出過去ログ集 さよならミニSL.
煙の失敗談 みかんばこトップページ
大井川大俯瞰 らくがき伝言版(掲示板)
TANCHO〜雪より白く 「煙の絵日記」本館
大井川想い出帳. メール