むかしの笹間渡

 大井川鐵道に蒸気機関車が復活してから26年。十年一日のごとし、と言われた大井川鐵道沿線も近年徐々に変貌を遂げつつあります。道路の拡幅、新道の開通、そして駅舎のリニューアル、コンビニエンスストアの増加・・・。一番大きな変化があったのは何と言っても「川根温泉」ができてひなびた里から一躍観光地になった笹間渡周辺でしょう。
 ここでは、「川根温泉」ができる前の笹間渡の姿を集めてみました。本館の「大井川歳時記」などにもいくつか昔の写真を掲載していますが、ここでは特に第一橋梁を渡ってから笹間渡駅まで、かつて線路と川岸に囲まれた扇状に広がっていた茶畑の周辺を取り上げてみました。かつてはここも「笹間渡のカーブ」と言われた名撮影地のひとつでした。まあ、「むかしの・・・」とは言ってもたかだか10年程度前の写真ですが・・・。しかし十年一昔という言葉もありますので。
 今は新しい観光地として地元に活気を与えている笹間渡周辺。以前はこんな姿でした・・・。

笹間渡駅南の柿

 笹間渡駅のすぐ南側、ちょうど今「ふれあいコテージ」の敷地の一番端にあたる場所には、かつてりっぱな柿の木がありました。秋、そう11月になると、この木には赤い小さな実が鈴なりになって、私たちファンの格好の題材になったものです。こうした柿の木はこの笹間渡周辺には多く、今でも東側の茶畑の斜面の上のほうには2本の柿の木が健在です。ただ、この柿の木、あまり長い間放っておくと、カラスが来て食い荒らすので、地元の農家の人たちは、大体11月の15日くらいをめどに摘み取ってしまったものです。
 明日撮影に行く、という日の前の晩、農家のおばちゃんに電話をして、「お願い、摘み取るのあと1日待って!」とお願いしたことも何度かありました。ちなみにこの柿は渋柿ですから食べられませんよ〜。
 この柿の木を撮るときは雨か曇りの日でないと苦しかったですね。というのも晴れてしまうとこの場所は半逆光になるのに加えて、柿の実が小さいので、色を出すのにはなかなか苦労するのです。ヘタに絞りを開けると汽車がすっ飛びますから・・。
 この柿の木、本来コテージ敷地の外のものであったので、そのまま残るはずでしたが、造成工事の際、手違いから切られてしまいました。今となっては残念です。
 第一橋梁から笹間渡駅に向かう線路と、川岸の河岸築堤の間には茶畑が広がっていました。河岸堤防のあたりは今のように整地などされておらず、草ぼうぼう!夏場は蚊は出るは、マムシが隠れているはで、怖くてなかなか足を踏み入れられない場所でした。だからここから撮るのはいつも秋も押し詰まってからでしたね。でも、ここから撮るとすごくのどかな山里の雰囲気が出たんですよ・・・。下の写真は11月末の1005レ。手前右側には背後の林の影が映ってます。

 第一橋梁から笹間渡に向かう線路はこのころは築堤になっていました。今は駐車場となって線路とほとんど段差がない状態になっています。築堤には秋になるとススキが顔を覗かせていました。このころはここもススキ撮影の名所だったのです。

 笹間渡のカーブの内側には民家が2軒ありました。そのうち1軒の軒先にも柿の木がありました。ただこの家は、かなり前からいつ行っても誰もいない空家になっていました。家族ぐるみで引っ越していったのかもしれないですね・・・。
 この笹間渡の築堤は、第一橋梁から笹間渡駅の少し手前まで8‰で下っています。当時上り列車は笹間渡は通過でしたが、ほとんどの列車は第一橋梁に向けて力行していきました。また下り列車も笹間渡駅から地名まで延々と続く20‰の勾配に挑むため、このわずかな下り勾配を利用して勢いをつけていくため、この築堤は上下列車とも力行シーンを撮れるという数少ない場所でした。
 時には横着して3往復の日、このカーブの内側でず〜〜っと動かずにいたこともあります。(^^;
 そのころは今みたいに笹間渡に食堂がたくさんあったわけじゃありません。辛うじて2軒ほどカップラーメンを売る店があった程度。大抵は新金谷で「大鉄フード」のおにぎりを買ってから電車に乗ったものです。
 下の写真は抜里側の丘の上から第一橋梁と笹間渡周辺を俯瞰したものです。これを見ると当時の笹間渡の様子がいくらかはわかると思います。橋梁を渡ったカーブの内側に広がる茶畑、そしてカーブの外側も茶畑・・・。これは12年ほど前の夏の写真ですが、今はこの場所は木が伸びて第一橋梁は見難くなっているようです。

笹間渡のカーブの外側には、彼岸花が群生していました。ただ、この花は背が低いのでアングルを取るのに苦労したものです。ここも晴れてしまったらダメです。モロ逆光で花が死んでしまいますから・・・。ちなみに下の写真を撮ったときは見事に雨に降られました。撮影終わったら背中びしょぬれ・・・。(--;)

下は同じくカーブの外側、今は「うりや」さんがあるあたりの写真です。当時。第一橋梁のすぐ脇には大きな桜の木があり(この桜をアップで撮った写真は「大井川桜屏風」に載せています)、カーブの外側は茶畑で、その中に毎年必ず菜の花が植えられていました。大井川沿線で菜の花が撮れる場所は多くなかっただけに、私はこの場所がお気に入りで、4月には必ず一度は撮りに来ていました。ただこの時期は102レは露出が難しかったですね。日が回らないんです。絞り開けると花が飛んでしまいますしね・・・。

 第一橋梁のたもと、今は川根温泉の大駐車場になっているあたり、川岸には大きな紅梅がありました。2月から3月にかけて、まだ寒寒とした山里の風景を唯一彩る赤い花・・・。この花も温泉の掘削工事が始まると同時に切られてしまいましたね。

 第一橋梁のたもとの大きな桜の木があったあたりに立つと、8‰でこちらにせり上がってくる築堤をナナメ正面から見ることができました。GWや夏休みなど、千頭で蒸機イベントがあった帰りの102レはよく正向きになったもので、それを撮るにはここは絶好の場所でした。この時は本来背合わせ重連で帰るはずの102レがイベントが長引いてしまったため転車台で転向している時間がなく、正向き重連で帰ってきたラッキーな列車でした。

 笹間渡駅も今は蒸機列車の停車駅。駅にはおしゃれな屋根がつき、ホームも延伸されました。昔よく時代もののドラマのロケに使われたものですが、川根温泉ができてからはあまりロケで使われることは多くないようです。(最近は家山駅がロケには使われているようです)ただ、この駅は昔も今も「花の駅」です。駅前に住むNさんが毎年季節の花を駅横に植えてくださっています。ちなみに笹間渡駅は金谷からちょうど20キロ。千頭までの全行程39キロのほぼ中間点にあたります。ところで、下の写真、C11312の後ろにパンタグラフがあるのが分かりますか?そう次位補機に電気機関車がついていたんです。大井川で電気機関車が次位補機につくのは、客車最後尾に展望車がついた場合です。正面から撮ったとき、煙が出ているとまあ、目立たなくなりますが、スカだったりするとすごく悲しい写真になります。(^^;

 笹間渡駅のホームが今のように延伸される前は、この駅の北側には毎年のようにコスモスが植えられていました。写真はもう14年前のトラストトレイン。このころのトラストトレインは金谷発14:15!(1201レ)笹間渡通過は15:00ころで、晩秋のころはほとんど夕方に通過していく下り列車でした。ちなみのその帰りは千頭発16:58、金谷着18:19でした。11月の運転ではほとんど夜汽車でしたね・・・。

初夏の柿の木

 笹間渡駅南側の柿の木も、5月末になるとこうしたみずみずしい緑になります。気温が上がって夏のような陽気になることもしばしば。駅から遠くまで歩くのが面倒になることもしばしばでした。そんなとき、この笹間渡通過のアングルというのは、煙が出る可能性が高かっただけに、何度か「軟弱コース」として使ったものでした。暑くなると、この笹間渡駅横というのは日陰になるんですよね・・・。日よけしながら撮影ができたわけで・・・。
 ちなみに今この場所からは300mmを使ってうまくフェンスを切り取れば(縦位置です)、キバナコスモスやコスモスをからめて撮ることができます。
 晴れ晩秋の日に、駅南の柿を入れて撮ったのが下の写真。ご覧の通り、柿の木はシャドーになってしまって、赤い実はしかとはわかりません。(^^;
 ところで汽車の後方に旗の立った「やぐら」が見えるのがわかりますか?ちょっと下の方が煙で隠されてますが・・・。あれが川根温泉のボーリングタワーです。ちょうどこの時は温泉掘削が始まったばかりのときで、すでにカーブ外側の茶畑の一部が整地された後でした。

 笹間渡周辺は、今は川根温泉を中心とした小観光地に生まれ変わっています。とはいえ、かつてもっていたのんびりした山里のムードも相変わらず失われてはいません。食堂などが多くできてかえって便利になった側面もあります。
 ちょっと観光地化すると片っ端から自然も情緒も破壊される場所が多い中で、ここ笹間渡はうまく地元の自然と調和した落ち着いた場所になっているようです。
 こののどかさだけは、いつまでも失わないでほしいと願っています。
 「ここにくるとホッとするな・・・」そんな言葉がついつい出る・・いつまでもそんな場所でいてほしいです。


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